昭和45年7月に、鹿児島県国分市及び鹿児島県姶良郡内の焼酎製造者10社で、鹿児島県姶良郡隼人町に「加治木酒造協業組合」を設立し、共同瓶詰め工場を建設しました。 この時点では、共同瓶詰め工場にて統一銘柄で販売するのみの、一部協業化事業を行っていました。 時代の要請は全面協業化へと推移し、製造免許の一本化に賛同した6社で、昭和61年7月に鹿児島県国分市に「国分酒造協業組合」を設立し、酒造工場を建設しました。 これにより、全面協業事業が行われるようになり、現在へ至っています。